クロヤギシロヤギ通信
安齊賢太、上出惠悟、澤谷由子、ミヤケマイ 、横山拓也
Photo by Kenryo Gu
「クロヤギ シロヤギ通信」
19世紀以降、日本では技法や素材によって分けられてきた美術表現のさまざまがあり、それぞれの作家の立ち位置とアイデンティティは、その分類に従って明示されてきた。しかし、かつてのような純血とでもいうような正統派には、手法や素材、時代やライフスタイルまで、様々な変数が絡みついて、今日ではハイブリッド化が進んでいる。和洋文化のハイブリッドもあれば、昔ながらの手法が現代の生活に合うようにデザインされることもある。「文化」とは環境に対する適応の仕方を示すと言ったのはマリノフスキだったかと思うが、そのようにして人類は様々なものを守り、更新し、表現を以て現代に精神や考えを伝えてきた。
ミヤケマイは、そのような文化混交の機会を作ることに長けた作家である。そもそもミヤケ自身の作品も、いわゆる工芸とも美術とも、彫刻とも絵画とも言い切れない、分類よりは統合の方向を示すという特徴がある。ミヤケは古典を学び、分断した時代の相互を連結する、いわゆるハシの役割を好んで果たし、作品を発表している。そのミヤケが降り立つ場所には、「日本的なるもの」の美学を追求する人々が集まるのは自然のことだ。ここでいう「日本的なるもの」は、時代によって、あるいは集まる人々によって、その定義は抽象的で曖昧。しかし、そうした定義の揺らぎは、そもそも「日本的なもの」が受容と適応によって変容していくという、相関的な特長を持つ柔軟さの証左でもある。現代を生きる作家たちは「日本的なるもの」を自由に解釈して再構築して良いはずで、当然のことながら、ハイブリッド化した今日の日本に現れる表現は、その対象と考えて良い。「シロヤギクロヤギ通信」は、2017年に1年間にわたって連載された誌上プロジェクトで、ミヤケが1月から毎月ごとに作家をひとり招待して、協働で床の間のしつらえを創るというものだった。今回は実際に作品を集めて、ギャラリーに設え、さまざまな表現の混交を楽しむという試みだ。展覧会タイトルは童謡「やぎさんゆうびん」に擬え、まずはミヤケが敬愛する作家との間で、往復書簡のようなやりとりがある。例えば、安齊賢太は、土の結晶化が始まり焼き締まる直前の生地の土に漆を接着剤として使い、焼き付けと磨きで仕上げる作品で知られるが、今回はミヤケが表面を荒らし、安齋が漆を施し焼成した後にミヤケが磨き上げる、と言った具合だ。ミヤケの軸も、そうした安齋との仕事を受けて、手触りのあるもみ紙に安斎の存在感のある軸先が施された。横山拓也は多治見で作陶を続け、端正な中にも独自の表情がある器で知られる。ミヤケの作る軸の為に、化粧土にヒビが入った白と緑の円錐状の軸先を提案されたことから、それを鬼の角に見立てた軸の作品としている。上出惠悟は、九谷焼窯元上出長右衛門窯の六代目として生まれ、伝統的な手法を継承しながら古典をうまくいじった意匠で人気が高い。急須に車輪をつけた作品はミヤケの所望で出品される。澤谷由子はイッチン技法で知られ、造形の精緻によって実現する繊細な磁器が魅力だ。上絵でなくグラデーションと繊細な仕事は特筆すべきものがある。失われていく「日本的なるもの」の魅力を再発見しようとする澤谷には期待がある。
四人の作家は、いずれも技法やメディアムなどを自ら作り出すこと、古いものをただ準えるのではなく、独自に更新しながら等身大の作品を作るという特徴があり、ミヤケとの共通項を見出すことができる。今回は、我々はこうした作家の往還と組み合わせの妙を観客として楽しむという以上に、過去にさまざまな作り手が発見し、試み、繰り返し、更新してきた延長にあるものとすれば、それら手触りのあるモノの表現について再考する機会としても興味深い。童謡ではヤギの手紙の内容は結局わからずじまいだったが、ミヤケと4人の作家との往復書簡に、我々にも感想を書き込む余白が残されていることだろう。それはとても楽しみなことだ。
黒澤 浩美(金沢21世紀美術館チーフ・キュレーター)
白やぎさんからお手紙着いた
黒やぎさんたら読まずに食べた
仕方がないのでお手紙書いた
さっきの手紙のご用事なあに
この歌は、作家同士のやり取りというか、人同士のやり取りに似てるなと思う。工芸の作家さんから送ってきてもらった作品を見て、私が作品を作ったり、その逆も然りの往復書簡のような連載を2017年あたり誌面でさせていただいていたのですがそれの、展示バージョンの展示になります。私の敬愛する作家4人にお願いをしてお付き合いいただきました。いい作品を見ると何か自分も作りたくなる、プリミティブでシンプルな衝動を展示にしてみました、ご高覧ください。 ミヤケマイ
安齊賢太 | Kenta Anzai
1980年 福島県生まれ。2006年京都伝統工芸専門学校修了後、渡英。ロンドンの陶芸家ダニエル・スミス氏のもとでアシスタントを務めたのち、伊豆にて陶芸家黒田泰蔵氏に師事。2010年、福島県郡山市にて独立築窯。糊材として漆を混ぜた陶土を何層にも塗り重ね、繰り返し磨く独自の技法により、独特の質感と深い黒が特徴的な作品を制作している。
上出長右衛門窯 上出惠悟 | Keigo Kamide
1981年 石川県生まれ。2006年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻修了。
家業である九谷焼窯元の後継者として磁器や文様の歴史を見つめながら、その場その環境に応じて表現を変化させながら工芸と美術を往復するように作品を制作。
主な展示に、2022年「新蕉」Yoshimi Arts(大阪)、瓷板画展Ⅲ 「Under | Over」t.gallery(東京)、「第5回金沢・世界工芸トリエンナーレ」金沢21世紀美術館(金沢)、2019年「第14回パラミタ陶芸大賞展」パラミタミュージアム(三重)など。
澤谷由子 | Yuko Sawaya
1989年 秋田県生まれ。2017年金沢卯辰山工芸工房修了。
刻々と変化する自然界の色彩などから着想を得て、イッチンという技法を用いて素焼き前の生の状態の素地に着色した泥漿を絞り出し、糸のようにを紡ぎ合わせていくように模様を立ち上げる。
主な展示に、2023年「ART FAIR TOKYO 2023」東京国際フォーラム(東京)、2022年「澤谷由子陶展 露の絲」日本橋三越本店美術サロン(東京)、「ジャンルレス工芸」国立工芸館(石川)など。「第16回パラミタ陶芸大賞展」大賞。
横山拓也 | Takuya Yokoyama
1973年 神奈川県生まれ。1998年立教大学社会学部卒業、2000年多治見市陶磁意匠研究所修了。岐阜県多治見にて作陶を続ける。
何度も白い化粧土を重ねた漆喰の様な質感を持つ白い器と、数回の窯入れによって焼き締めた鉄釉による黒い器を中心に制作。素材の持つ力強さとおおらかさを感じるだけでなく、動きのある形態は観る角度によって様々な表情を見せる。
ミヤケマイ | Mai Miyake
過去・現在・未来をシームレスにつなげながら、 物事の本質や表現の普遍性を問う作品を制作。媒体を問わない表現方法を用いて骨董・工芸・現代美術・デザイン、文芸など、既存の狭苦しい区分を飛び越え、 日本美術の文脈を独自の解釈と視点で伝統と革新の間を天衣無縫に往還。
主な展示に、2023年「ART BASEL香港 UNLIMITED」Hong Kong Convention and Exhibition Centre(香港)、2022年「とある美術館の夏休み」千葉市美術館(千葉)、2021年「ことばのかたち かたちのことば」神奈川県民ホールギャラリー(神奈川)、2020年「さいたま国際芸術祭」旧大宮区役所(埼玉)、2019年「時を超える : 美の基準」元離宮二条城(京都)、2018年「変容する家」金沢21世紀美術館(石川)、「BOTANICA」釜山市美術館(韓国)など。
- 展示会名
- クロヤギシロヤギ通信
- 会期
- 2023/09/16-2023/10/20
- オープニングレセプション
- 2023/9/16 (土) 17:00- 19:00
- 作家名
- 安齊賢太、上出惠悟、澤谷由子、ミヤケマイ 、横山拓也